この映画は2018年のアカデミー外国語映画賞、受賞作品です。ここでいう外国語というのは、英語圏の人たちにとっての外国語です。しかし世界では英語圏以外の人たちの方が圧倒的に多い訳です。ですので、この映画は去年の世界ナンバーワン映画と言っても過言ではないでしょう。
トランスジェンダーを扱った映画というのはこれまでにもありましたが、この映画の特異な点は、主人公のマリーナ役を自身もトランスジェンダーの歌手であるダニエル・ヴェガが演じているという点です。それ故に、彼女の身体性は圧倒的な説得力を持っています。彼女を初めて目にした時、その中性的な魅力と同時に、正直なところ違和感をも誰もが感じてしまうのではないでしょうか。
LGBTという言葉の普及とともに、性的少数者の立場になって考えようと言われたりもします。しかし口で言うのは簡単ですが、私たちはそういった人たちの立場や気持ちなんてなかなか分らないと思います。しかしこの映画を観ているうちに、マリーナの生きづらさ、屈辱感、そして悲しみなどが本当によく理解できてきます。あたかも自分が体験したことのように思え、その人の立場になって考えることができるということこそ、映画というものが持っている素晴らしい特質ですね。
マリーナが火葬場でオルランドの手を握った時、これまで決して泣かなかった彼女が初めて涙を流します。この時に理解できました。いろいろとあったけれども、本質はこれだけなんだ。愛があったのはここだけなんだ。あとは全部些細な事だと。
彼女は最後に歌います。かつてこれほどまでに優しい木陰はなかった・・と。マリーナにも、そして私たちにももう優しい木陰はないのかもしれません。しかしそれでも強く、そして自分らしく生きていきたいと思わせてくれる、そんな素晴らしい映画だったと思います。