20221201

10月例会まとめ 『ファーザー』



father





 これまでにも認知症を扱った映画はいろいろとありましたが、これほどまでに認知症になった本人の視点で押し通した映画を私は知りません。映画の優れた特質として他人の視点で世界を見ることができるというのがあると思うのですが、これはまさにそれが体験できる凄い映画だと思います。
 名優アンソニー・ホプキンスの生涯一番と思えるほどの渾身の演技。まるで生き物のように物の配置や部屋そのものが変わっていく素晴らしい美術と演出。どこまでが現実でどこからが幻想か分からない卓越した脚本など、映画としての質が極めて高いのは間違いありません。鑑賞対策部としては自信を持ってこの映画を例会に推薦しました。しかしただ一つ懸念事項がありました。というのは、あまりにも認知症描写がリアルなため、自分もいずれそうなってしまうのではないかといった恐怖を抱く人も多くいるかもしれないと思われたのです。いや、たぶんみんなそうでしょう。私もそうです。しかしこの映画を観ることによって、認知症の人はこういった世界を体験しているというのがすごくよく分かりますし、私もこの映画をもっと早く見ていれば、認知症の症状が出ていた私の母の不安や恐怖をもっと理解することができたのにと思えたのです。
 全ての葉を失っていくように自分が損なわれていくというのは、どんな気持ちなのでしょう。映画の中のアンソニーのように、幼い子供のようにお母さんにすがるしかないのでしょうか。最後にカメラは窓から外に出て行き、風に揺れている木々を映して映画は終わります。我々個々人は生まれては死んでいく運命だけれども、風は今日も吹いている。地球は常に循環している。鑑賞後、一言では言い表せないいろいろな想いが浮かんでくる、圧倒的な映像体験でした。





(北九州の泉 2022年12月号搭載)